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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

恐怖列車とガンジス川

                ≪九月十五日≫    -燦-

  とにかく貧しい。
 牛や豚と同じ生活をしているのだから。
 この貧しさは、カースト制度がなくならない限り続いていく事だろう。
 この国にカースト制度が完全に無くなるという事は、日本の明治維新に匹敵するくらい、この国にとっては国始まって以来の革命的な出来事であるという事に間違いは無いのだ。
 とんでもない列車の旅になってしまった。

  二度目に乗り換えた時は、満席だった。
 現地の人たちで、足の踏み場もない。
 荷物を置く棚の上にも、人が足をブラブラさせながら、網の上に荷物に替わって座っているのにはビックリさせられる。
 雨が降り、外は暗くなり始める。
 俺が乗り込んでいくと、満席の車内の目と言う目が俺に集まってくる。
 白いつなぎのような服装に、黒い顔中に浮かんでくる白い眼が、俺一人に向けられてくる。
 刺すような目だ。

  この車両はニ等車。
 昔は三等車まであったらしいが、今では三等車は廃止されたと言う事らしい。
 とは言え、中身は三等車と同じ。
 車内を見渡すと、左側に一人掛けようのイスが窓際に並んでいて、右側に三人掛けのイスが向かい合って並んでいる。
 どのイスも、荷物を置く棚も人、人、人で満席状態。
 座れる場所も無い状態でウロウロしていると、学生らしい青年に声を掛けられた。
 ここで二人目の青年に出会った。

       青年「ヤー!そこの日本人、こっちへ来て掛けないか!」

 声のする方を振り向くと、白装束の現地人の中に混じって、色物のシャツを着た学生らしい青年が手を振っているではないか。
 呼んでくれた青年に近づいていく。
 しかし、何処を見ても満席状態、座る所など何処も無いのに・・・・・と思っていると、一人の現地の人が立ち上がり、スルスルと上の網棚に腰掛けてしまったではないか。
       俺 「ええ????」
       青年「ここが空いたから座れば!」
       俺 「有難う!」

 すすめられたイスに座ると、目の前に人の足がブラブラと動いている。
 網棚の上に座っている人の足だ。
 とにかく座れるところには、何処でも座る。
 なんともすごい列車に乗ってしまった。
 列車はすぐ暗闇になった。
 外はもう夜だ。

  車内は、小さな豆球が一つの車両に二つ、三つ点いているだけで暗い。
 そんな中、白い目だけが俺の方を黙って見ている。
 車内に居る乗客の全ての目が、俺のほうを黙ってジッと見ている。
 俺と目が合っても、目を反らそうともしない。
 無表情な目を見ていると、何か背筋に冷たいものが流れてくるのが分る。
 この青年が、同じ車両に居なかったら・・・と思うと、ゾッとする。

       青年「どうだい、食べないかね!」

  青年の差し出された手を見ると、鳩の餌のような木の実があった。

       俺 「ありがとう!」

  そういって、木の実を口の中に放り込んだ。
 あまり美味しい物ではないが、カトマンズから移動する間、食事らしい食事をほとんどしていなかったので、何とか食べる事が出来たのかも知れない。
 Delhiへ着くまでに、口にした物と言えば・・・・・、”生のキュウリ”、”リンゴ”、”ボイルド・エッグ”、”ピーナッツ”、”鳩の餌”、”カレー”、”チャエー(ミルク・ティー)”など軽食ばかりだ。

  真夜中に飲む、熱いティー(チャエ)は、なんとも言えずうまい。
 疲れを癒してくれる。
 通路を行き交う人を見ていると、時々ビックリさせられてしまう事がある。
 両足が無く、両手を使って巧妙に歩いていく人。
 風土病だろうか、顔が半分無いような人。
 右足が異常に膨らんでいる人。
 ・・・・・・・・。
 何なのだ、これは。
 この列車は、野戦病院なのかと疑ってしまう。

  列車が駅に停まる。
 駅構内で揚げ物をしている少年が居た。
 日本で言えば、駅弁の代わりなのだろう。
 少年の口元を見ると、緑色した液体のようなものが見える。

       青年「あれは、コレラさ。コレラの症状なんだよ。」

  この列車は地獄行きなのか。
 この異常さは、この列車に夜乗り合わせた者でないと、分らない恐怖であろう。
 なんともすごい列車に乗り込んでしまったものだ。

                 *

  乗り換えは、いつも雨。
 列車を降りて、雨に濡れながら暗闇の中、呆然と立っていると、”こっちだ!”と言って、俺の手を引っ張ってくれる。
 四度目の”Pahlejaghat”駅の時もすごかった。
 列車が駅に着いた時は、もう外は真っ暗闇。
 恐怖列車とやっとおさらばと思っていたら、、いつの間にか学生と逸れてしまっている事に気がついた。

  そんな時、いつ、何処の駅から、一緒について来ているのか、一人の少年がいつの間にか横に居た。
 切符を持っているのやら・・・・、何処へ行こうとしているのやら、さっぱりわからない一人の少年が俺の横に居たのだ。

       少年「こっち!こっち!」

  少年が雨に濡れながら叫ぶ。
 乗客たちも、二手に別れ始めた。
 この駅で降りる人、パトナまで行く人に別れているようだ。
 俺に手を振って、こっちへ来いと叫ぶ少年の後ろを着いて行く。
 今の俺は、この少年に身を託すより、選択の余地は無かったのだ。
 この先に何があると言うのか、暗くてまるでわかってなかった。
 しかし、少年の後を追うよりほか、俺が進む道が無かったのだ。

  少年は、線路伝いに歩いていく。
 突然、線路も道も無くなる。
 目の前に、突然現れたのが大きな川だった。
 暗闇の中に、突然川が現れたのだ。
 半分靴を濡らしながら、川の中を歩いていると、目の前に又もビックリ。
 大きな船が、暗闇の中に姿を現したのだ。

       俺 「俺は列車に乗って、ニューデリーに向かっているのだ。船に乗るなんて聞いてないぞ!パトナに行くのに、何だ!この船は!」

  そう思いながら、呆然と船を見上げていると、少年が叫ぶ。

       少年「乗れ”乗れ!」

  乗客たちは皆、川の中から船に渡された板の上を登って行く。
 乗客たちが、船に吸い込まれていくのをジッと見ている。

       俺 「え~~~~い!何処へでも連れて行きやがれ!」

 川の中を、雨に濡れながら、暗闇の中を、船に渡された板の上を登って行く。
 船に乗り込むと、少年が笑っている。

       少年「ガンジス川だ。この船でパトナに行くんだ!」
       俺 「ええッ!!??ガンジス川なの??」
       少年「川を渡ると、パトナだ。」 
       俺 「そんなの聞いてないよ。」

  少年と顔を見合わせて笑った。
 顔は引きつっている。

                  *

  船は大きいのに、人で溢れている。
 どうも中には入れないらしい。
 寒い!
 甲板に出ている乗客もかなりの数にのぼっている。
 船の両側には、大きな水車がついていて、この水車が回って船が動くと言う。
 渡されていた、板がはずされて船が動き始めた。
 両側の水車が、バシャ!バシャ!と水を跳ねながら、船がゆっくりと動き始めたのだ。

  少年は俺と一緒に居るという事で、得意になっているのか、現地の人たちとなにやら得意げに喋っている。
 甲板の上では、ボイルド・エッグとチャエが売られていた。
 暗くて寒い夜、このチャエの暖かさは、疲れた身体を元気にしてくれる。
 本当に美味い!
 五臓六腑にしみわたる。

  俺をここまで導いてくれた少年にも、ボイルド・エッグと熱いチャエを買い与えた。
 少年は嬉しそうに食べている。
 川は雨期で増水している。
 普段は川に入ることなく乗船できたのだが、この日は雨による増水で足は半分川に沈めて船に渡った。
 水位の上がったガンジス川を、水車をフル回転させて渡る。
 海のような広さをもった川、ガンジス川を渡ると、もうそこはパトナ駅だった。

  下船する前に又、英語の出来る青年に話し掛けられた。
 青年は下船すると、輪タクを呼びとめ、運ちゃんに行き先のホテルの名前を告げると、笑って去っていった。
 少年と二人で、輪タクに飛び乗った。
 ここまで来るのに、何人の若者に助けられた事か。
 まるでシナリオでもあるかのように、彼らに導かれてここまで来た俺。
 旅とは、こういうものなんだと認識を新たにした。

  パトナの駅でも、船の中でも、乞食のような浮浪者がゴロゴロと、何処でも横になっている光景が目に付く。
 青年に預けられた輪タクで、夜のパトナの街を走り、輪タクは青年に告げられたホテルの前で停まった。
 少年は輪タクから飛び降りると、ホテルへ入り受付と話をつけてくれたようだ。
 話をつけたのか?ホテルへ連れてきたお礼を受け取っているのか?少年は俺に近づくと手を出した。
 握手をしようと言うのだ。

       俺 「これから、何処へいくんだい?どこか行くあてがあるのかい。」

 それについて、少年は何も答えない。
 俺が何を言っても、少年は笑っている。
 少年は握手をすると、何か言葉を発すると、走って暗闇の中に消えていった。
 少年が見えなくなるまで見送って、ホテルに向かう。
 ドアを開けると、廊下に出る。
 石畳の廊下に、毛布を被って眠っている使用人らしき人が居る。
 ここの支配人らしき人が、眠っている人を起こさないように、部屋に案内してくれる。
 支配人は、”今、何時だと思ってんだ!”とでも言いたそうに、部屋のドアを閉めると何も言わずすぐ部屋を出て行った。

  広い部屋にベッドが二つ。
 シャワー室もある。
 冷たい水しか出ないが、あの恐怖列車で出した冷や汗を、洗い流す事にした。
 もうすでに0:00をまわっている。
 シャワーを浴びると、ベッドに直行。
 そのまま、・・・・・・死んだように眠ったようだ。

  この二日間、大変な移動の連続だった。
 この二日間の体験をすれば、これからの旅に少しばかり自信が湧いてきたように思う。
  宿泊代、12.5Rs(425円)

                  *

             <列車の旅>

        Raxaul~Masnadih~Ramgarhwa~Dherminie~Sagal(一回目の乗り換え)~Semra~Motihari~Court~Jiwdhara~Bangari~Pipra~Chakia~Mahsi(15:30)~Motipur~Kaparpura~Muzaffapur(二回目の乗り換え)~Sonepur(三回目の乗り換え)~Pahlejaghat(四回目の乗り換え)・・・・(ガンジス川を船で渡る)・・・・・Patna




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